仏教ではこの世は空と説きます、しかしそれは決して無意味ということではありません。
2008年08月01日(金)
私が仏教を学ぶきっかけとなったのが『仏陀出現のメカニズム』という著作でした。最初に読了した時には、科学的トピックと、著者の山口修源氏の体験談に引き込まれたのですが、仏教的な側面については、あまり理解していませんでした。
我が家は浄土真宗の単なる檀家でしたから、仏教と言っても特に修行などしていたわけではありませんでした。特に信心深いわけでもなく、東京の大学を出て、そのまま理系と文系の間のような仕事をしていましたから、仏教との接点は、ほとんど無いに等しかったのです。
それが『仏陀出現のメカニズム』を読んだ後しばらくして、なぜか般若心経の本が気になって手にとってみたり、お釈迦様に関する本を読んだり、なんとなく仏教関係の書籍を手にする機会が増えてゆきました。
今にして思えば、正に縁を頂けたということなのだろうと思います。
悟りという世界は想像もできないのですが、人が生きるという事が、すなわち悟りを得るためというのは、心の奥に響くものがあります。
「人身受けがたし、今すでに受く。仏法聞きがたし、今すでに聞く。この身今生に向かって度せずんば、さらにいずれの生に向かってかこの身を度せん。」の心境で、少しでも悟りに向けて歩んで生きるのが、私の秘めたる願いです。
(本文の再掲載にあたって)
以前のホームページの内容を読み返してみると、やはり理解が浅く、そのまま掲載できないと嘆息しています。以前の拙サイトをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、時間を見て内容的に加筆修正しながら再掲載していこうと思います。新しい気持ちで、来し方を振り返り、己の修行と思って、拙文を綴ってみたいと思います。
我が家は浄土真宗の単なる檀家でしたから、仏教と言っても特に修行などしていたわけではありませんでした。特に信心深いわけでもなく、東京の大学を出て、そのまま理系と文系の間のような仕事をしていましたから、仏教との接点は、ほとんど無いに等しかったのです。
それが『仏陀出現のメカニズム』を読んだ後しばらくして、なぜか般若心経の本が気になって手にとってみたり、お釈迦様に関する本を読んだり、なんとなく仏教関係の書籍を手にする機会が増えてゆきました。
今にして思えば、正に縁を頂けたということなのだろうと思います。
悟りという世界は想像もできないのですが、人が生きるという事が、すなわち悟りを得るためというのは、心の奥に響くものがあります。
「人身受けがたし、今すでに受く。仏法聞きがたし、今すでに聞く。この身今生に向かって度せずんば、さらにいずれの生に向かってかこの身を度せん。」の心境で、少しでも悟りに向けて歩んで生きるのが、私の秘めたる願いです。
(本文の再掲載にあたって)
以前のホームページの内容を読み返してみると、やはり理解が浅く、そのまま掲載できないと嘆息しています。以前の拙サイトをご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、時間を見て内容的に加筆修正しながら再掲載していこうと思います。新しい気持ちで、来し方を振り返り、己の修行と思って、拙文を綴ってみたいと思います。
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